秋が来るとき「良かれと思って裏目に出ることより、良かれと思うことが大事」
仏・ブルゴーニュ。一人暮らしをしている80歳のミシェルには秘密がある。家庭菜園の手入れや親友とのおしゃべりで穏やかに一日が過ぎていく。パリにいる娘とは折り合いが悪いが、孫に会えるのは楽しみ。待ちに待った休暇、ミシェルお手製のキノコ料理にあたり娘が病院に運ばれることに。「母さんは私を殺そうとした」と娘は激高し、二人の溝は更に深くなる。この事件を発端に、誰もが己の思う正しさのために嘘を重ねていく…。

フランソワ・オゾン監督が子供時代の思い出から着想した作品。
おばさんがふるまったキノコ料理でみんな体調を崩し、口にしなかったおばだけが元気だったことから、あの優しいおばがみんなを毒殺しようとしたのでは?と考えたりしたのだとか。
原題 Quand vient l’automne
仏語で秋が来るとき、邦題と同じ。
予告
登場人物紹介
ミシェル
普段から可愛らしい恰好をしている。孫に会うのが楽しみ。家庭菜園の手入れをしたり、森を散歩したり、親友とおしゃべりしたりで日々を過ごす。一人で娘を育てるために過去娼婦をしていた。贅沢はしていないが、経済的に余裕がある。
マリー=クロード
ミシェルの親友で、かつての仕事仲間。毒キノコを見分けることができる。息子は収監中。
ヴァレリー
ミシェルの娘。母親をその仕事から毛嫌いしている。いつも不機嫌。母からパリのアパートメントを譲ってもらっているが、ブルゴーニュの家の名義書換を迫ったり、金の無心をする。ドバイにいる夫とは離婚調停中。
ルカ
ミシェルの孫。祖母に会えるのが楽しみ。
ヴァンサン
マリー=クロードの息子。出所後、ミシェルの頼まれごとをすることで賃金を得る。ガタイのいい強面の青年でちょっと危ない雰囲気があるが、母親やミシェル、ルカに優しい。自分でバーを開くが、資金はミシェルがマリー=クロードに内緒で出した。ヴァレリーとは幼馴染。
キノコ好きなの嫌いなの!?
本作の登場人物はみんな嘘を吐く。誰かを傷つけるような嘘ではなく、誰かや日常を守るための嘘。
そしてどこからどこまでが嘘なのか、本人が嘘と思っているのかも分からないものもある。
中でも一番ギョッとした台詞がラスト大学生になったルカの
「キノコ大好き」
これは冒頭遊びに来た娘と孫にミシェルがキノコ料理をふるまったときに、ヴァレリーが
「ルカがキノコ嫌いなの知ってるでしょう」
と結構きつく言ったのだ。その後、不動産の名義を将来ルカが継ぐんだからと書き換えさせようとしたり、今月苦しいから5万フラン送金してと言われたりでミシェルは食欲を失くし、結局ヴァレリーだけが口をつけることになる。そしてキノコにあたって死にかける。
ヴァレリーは「母さんが私を殺そうとした!」って激怒する。
警察の事情聴取でミシェルは「もしかしたらそうなのかも…」って記憶もあやふやで自信なさげ。だけどこれはおそらく高齢者の物忘れで、警察も「よくあることですよ」と対応する。
マリー=クロードは毒があるかの判断を自分がやればよかったというのだけど、籠一杯のキノコ全部付きっきりでキノコ狩りする訳じゃないもの。
ミシェルは図鑑を見ながらキノコを選り分け調理したのだけど、来訪者があって中座する。そのときまな板にはカットされたキノコが放置される。ちょっと意味深。
ルカが嫌いなキノコ料理をわざと出して自分も食べず娘だけにダメージを与えたって可能性もあるけれど、しばらくぶりにあった幼い孫と共謀するとは考えられないし、大学生になったルカの「キノコ大好き」発言は、祖母に引き取られてからの生活の中で、キノコ料理を好きになったと解釈したい。
「良かれと思って裏目に出るより、良かれと思うことが大事」
以下、気に入った台詞と共にあらすじを追ってみる。
ミシェルは出所後のヴァンサンのことを自分の息子のように気に掛ける。マリー=クロードはそれをありがたがる。同じ仕事をしていた二人だけど、経済的余裕があるのはミシェルだけみたい。
ヴァンサンはお世話になっているミシェルのために一肌脱ごうとパリのヴァレリーのアパートメントへ行く。オートロックを解除できず、入り口でまごまごしていると、建物から出てくるルカとすれ違う。
突然の来訪に驚くも部屋に上げるヴァレリー。ヴァンサンが諫めると「余計なお世話、口出しするな」と怒り、一服しようとベランダへ出る。脚立があって置いてある煙草を取ろうとする。彼女を追ってベランダに向かうヴァンサンの背中。
ここで場面は切り替わり、ヴァレリーは転落死したとミシェルに連絡が行く。何があったかは分からない。ここ省略が上手い。
警察は事件性がないと判断し、ルカは父親ではなくミシェルと暮らすことを選択する。
ブルゴーニュでの生活が始まると、学校までミシェルが送り迎え。だが学校の上級生にミシェルのことを「娼婦の婆あ」呼ばわりされ、いじめられる。悩んだミシェルはヴァンサンにお迎えを代わってもらう。ヴァンサンはいじめっこを特定すると話をつける。帰りのバスでどうやったのかルカに聞かれると「ムショ帰りだと言ってやった。あと」と言って上着の内側を見せるとピストルが。実は水鉄砲。以来二人は父子のような信頼で結ばれる。
ある日、親友同士散歩中、自分たちの子育てが話題になる。ミシェルは生きていくためには仕方なかったと割り切っているようだが、マリー=クロードは息子が道を外れてしまったのは自分のせいだと引け目を感じているみたい。真面目に働いてくれることをただただ望んでいる。バーを開くことに関してもどこから資金を引っ張ってきたのか知らない。「私が出したの。貸しただけで返してもらうわよ」とミシェルが言うと怒って先に歩いて行ってしまう。そして突然倒れる。
病院に運ばれたマリー=クロード。余命わずか。ベッドでマリー=クロードはヴァンサンから聞いた話(ヴァンサンはヴァレリーがベランダで掴みかかってきたと母に話しており「振り払ったのね」という母の言葉には無言だった気が)を告白する。あの日、ヴァンサンはパリに居た。「あの子の行動はいつも裏目に出るのよ」
それに対してのミシェルの台詞が「良かれと思って裏目に出るより、良かれと思うことが大事」
娘の死の真実を追及することより、それは一生胸に秘め今の平穏が続くことを選択したわけ。血がつながっているだけで最期まで自分を理解しようとしなかった娘より、近くで親身になってくれる息子同然の存在はかけがえのないものだったと思うし、彼を含むミシェルの今の世界は揺らがせてはならない。
パリからアパルトマンのセキュリティカメラに不審者が映っていたので事件かもしれない、と警察がやってくる。ミシェルはヴァンサンは娘の死の連絡を受けたとき一緒に家にいたと証言する。警察はヴァンサンと帰宅したルカにも話を聞きたいと庭に誘う。ルカは写真を見せられ「これはヴァンサンではないか」と問われるも「知らない人だった」と断言する。
そして大人になったルカを駅までヴァンサンが迎えに行くシーンに飛ぶ。
「まだ結婚しないの」と問うルカ。車の中のミラー越しの視線などからもルカはヴァンサンが好きみたい。相思相愛かも。
家に着くと年老いたがミシェルも健在。キノコ料理をふるまう。例のルカの「キノコ料理大好き」発言。
「お墓参りに行く?」と聞くと、ルカは「森に行きたい」
森を三人で散歩する。途中、鹿の群れに気を取られるミシェル。ミシェルは一人道を逸れると、そこにはヴァレリーの姿が見える。彼女はそっとミシェルの手を取る。
ミシェルがいないことに気づいた二人は必死に探しに戻る。ルカはミシェルを見つけ、泣きながらヴァンサンを呼ぶ。足をすべらせたのか仰向けに倒れているミシェルの表情は穏やかだった。ラストがいい。
感じたことあれこれ
自分の大切な人が罪を犯したと感じたとき、そしてその証拠がないなら、自分はどう行動するだろう。そしてそれは正解なのか。
人を傷つけるものでなく何かを守るための嘘、そういう嘘を吐いたなら墓場まで持って行け。
全編を通して省略が効いている。うまい。
年を取れば仙人のようになるわけではない。火鉢の前で繕い物をしているニコニコやさしいおばあさんのようなステレオタイプではない老婦人たちが描かれる。
過去の仕事の影響なのか、確かに、ミシェルの服装は田舎の老婦人にしては浮いているのかもしれない。
孫が生まれる前に娼婦の仕事を止めたと刑事にさらっと話していたけれど、一体いくつまで働いたのよ。
ルカのキャスティングが子役も大人も美少年。オゾン監督の映画によく出てくるタイプ。ヴァンサンも渋いが。
ヴァレリーは常に不機嫌でミシェルへの当たりも強いから心情的には死をうやむやにされても仕方ないように思えてしまうのが不憫。この女優さん『スイミングプール』の人なんだね。
オゾン監督はこれもよかった。