マッシブ・タレント「落ちぶれていたわけではない」
ニック・ケイジはハリウッドのレジェンドスター。だが全盛期を過ぎ、欲しい役は得られず借金まみれ。そんなとき大富豪ハビの誕生日パーティに出るという仕事が持ち込まれる。渋々向かうと、ハビはニックの熱狂的ファンで、脚本まで書くほど。次第に意気投合する二人だったが、CIAが現れてハビは国際的な犯罪組織のボスで、大統領選に絡んだ誘拐事件の首謀者であるからスパイするよう強制されて…。
原題 The Unbearable Weight of Massive Talent
直訳すると、とてつもない才能の耐えられない重さ、って感じか。the unbearable~とくると反射的に『存在の耐えられない軽さ(The unbearable lightness of being)』を思い出すのだけど、元はチェコ語で執筆されているのでNesnesitelná lehkost bytí なのですね。プラハが舞台だったね。
溢れるニコラス・ケイジ愛
ニック・ケイジを演じるのはもちろんニコラス・ケイジ。畳み掛けてくる自虐ネタに大丈夫なの??とハラハラもするけれど、自身を演じているわけではないのでそこは架空の人としてきっちり線引きして楽しみたいところ。
ニコラス・ケイジの人気絶頂期を知らないので劇中に散りばめられている作品群はほとんど見たことがない(けど楽しめた)のだけれど、ファンだったら泣いて喜びそうなくらいニコラス・ケイジのあれやこれやが詰まっている。製作側の熱量を感じるし、それにニコラス・ケイジががっちり応えている。
「ニック・ケイジ、最高!」
冒頭、大統領選立候補者の娘(マリアだったかな)がニック・ケイジの映画を部屋で見て思わず言う台詞。その後、誘拐されてしまい、ラスト救出されるときにもやっぱり言う。ぐるりとうまいことつながっているなあと感心した。彼女を皮切りに、登場人物のほとんどがかなりの熱量でニックを好き。
中でも、ニックを誕生パーティーに招待する大富豪ハビ(ペドロ・パスカル)は熱狂的なファン。コレクションルームまで完備しており、過去出演作に使われた銃などの小道具や等身大の蝋人形までずらりと陳列。コレクションを本人に見られた際、ばつが悪そうに「やり過ぎ?」って謝る程。分かるなあって思ったシーンがあって、スパンコールでできたニックの顔が柄になっているクッション(正直、悪趣味)もあって、ニックがそのスパンコールを無造作に撫でると絵柄が崩れちゃうのだけれど、それを後ろからついて回るハビが丁寧に直して元の位置に戻すところ。ここなんか好き。
「これは私?グロテスクだね…2万払うよ」
気に入った台詞、その1。これはニックが自分の蝋人形、金色の銃を構えた映画の一場面(フェイス/オフかな)の、を見たときのやり取り。正確には
二「これは私?グロテスクだね。いくら払ったの?」
ハ「6,000」
二「20,000払うよ」って感じのやり取り。ニックの自己愛の大きさを感じるよい場面。憎めない感じがね、いいのです。
話が前後するけれど、〈やり過ぎ〉かどうかについては、正直その人次第なのだと思う。身も蓋もないが。自分のファンと言う人を生理的に受け入れられるかにかかっている気がする。一途って思えるか、気持ち悪いってなるか。昔、好意を持たれることは有難いことなのだから、それこそ「好意的に」受け入れるのが人として当然、みたいな圧を感じたけれど、令和の現在、そんなことはないと言ってもいい、と思う。
ハビは前者で、とても好感の持てるタイプ。本人も記憶があやふやになっているような、それDVDの特典映像でしか言及していないよね?というようなことを指摘したりするの。ただひたすらにニックが好きって気持ちがいつだって溢れている。
「俳優を辞めようかと思っている」と落ち込むニックに、すぐさま「辞めるべきではない」と言い切る。"because you have a gift. A gift from God or the universe or whatever"だったか、真顔で言ってくれる。こんなこと言ってくれる人がそばに居てくれたら何度でも立ち上がれる、と私だったら思う。
好きな相手とたわいない話をするしあわせ
好きな相手と好きなお酒をのみながら、好きな映画について話すのはいい。趣味が合わなくても「えーそれどうなの」とか言い合うのも、また良し。何にしろ、こういうしてもしなくてもいいようなどうでもいい話をただする、というのは何物にも勝るしあわせ、そう思うようになった。年を取ったのだな。人生、真面目な話や大事な話をすることと同じくらい、無駄に思えるようなとりとめのない話ができる人を大事にしたいと思う。
意気投合した二人が、今まで見た中でいい映画3本挙げるのだったかな。ニックの映画を挙げた後、次のハビの台詞お気に入り、その2。
「パディントン2だね。これを見て善人になろうと思った」
まさかの『パディントン2』でしたー。ニックはえーってなるんだけど、その後二人で見て号泣。そうです、あれは名作ですもの。『くまのパディントン』は原作大好きなので、映画化されると聞いてビジュアルイメージを見たときあまりにクマそのものだったので、かなり後ろ向きだった(だって実写化って大抵失敗に終わるでしょう)のを思い出す。けれど、パディントンは奇跡的に1も2も名作。私も好きな映画トップ10に入れるなー。本作鑑賞後、もちろん家で再鑑賞。
もう一人の自分
もう一人の自分はたいてい厄介である。ニックの隣にはときどき若かりし頃のニックが現れて、二人は対話する。これどうやって撮ったのかな。そっくりさんを使ったのかと思っていたけれど、特殊メイクとかして本人が演じたのだろうか。
普段完璧に見える人が、内心自分自身であろうとして綱渡り状態である、という人物造形に心惹かれる。ニックもその一人。そのプライドは些細なことをきっかけにガラガラと崩れそう。そして針が逆に振れて「俳優をもう辞めよう」と負のループに入るとなかなか抜け出せない。
一方で、若かりし頃のニック(ヤング・ニック)は全盛期のニックなので、とにかく発言が強気。鼓舞してくれるときは大変に心強いのだけれど、逆はたまらない。ニックはヤング・ニックにぶちまける。
「お前は俺を助けてくれたことはなかった」
確か直前に"you’re a liar. you don’t care about me. you only care about you"だったか。
やはりヤングニックも助けてはくれない。だけではなく、さらに奈落の底に突き落とすことも。
「おーれーはー、ニック・ケイジだあああ」
“I’m Nick,fxxxxx,wooh,Cage!!!"だったか、やっぱりこうやって励ましてもくれる。ラスト、ここヤングニックが遠吠えのように、息の続く限りものすごく長ーく叫ぶのだけれど、それくらいの勢いで全面的に信じて応援してくれるのも自分。跳び箱の前にある踏切板みたいな存在。もっと高く飛べる。
厄介だが、うまく付き合っていくことがコツなのだろうな。
「私はあなたを殺したくない!愛してる!」
最後にお気に入りの台詞をもう一つ。公開からかなり経っているのでネタバレあり。
誘拐の首謀者はハビのいとこで犯罪組織は彼が牛耳っていて、表向きおひとよしのハビが隠れ蓑になっている。ハビはそういった悪事に絡んだ家から抜け出したい。だからせっせと脚本を書いたりしている。
で、いとこから政府の手先であるニックを始末するよう脅されてニックと対峙して銃を向けるシーン。この時点でニックの別れた妻と娘も巻き込まれているので、奪還すべくニックは銃を携帯していた。
ハ「それ、私の黄金の銃じゃない?」
二「俺の黄金の銃だ」
ハ「銃をおろしてくれ、君を殺したくない」
二「俺だって殺したくない」
ハ「君を大好きなんだ」
二「俺だって!」
前にコレクションルームで蝋人形が持っていた銃がこんなところで活躍。
この後、実は黒幕はハビのいとこだとニックは分かり、協力して人質奪還を図ることに。そこからも面白いんだけれど、長くなるので割愛。で、救出し終えたーというところで、突然妻子のキャストが変わって、映画になっている。そしてその映画が賞を取って(ハビが脚本、ニックが主演)――という省略の効いた展開がすごく好みだった。受賞パーティーにニックは参加せず、家族と過ごすことを選ぶ。そこで妻子と映画を見ることになるんだけど、娘が選ぶのが『パディントン2』という、ね。流れが本当によい作品でした。面白かったー。
あとこの映画、ハビ演じるペドロ・パスカルがとにかくよかった。非情で冷酷な印象が強かったけど、ちょっととぼけたおひとよしで好きになりました。