ボイリング・ポイント 沸騰「ちょちょちょー。私、もうっ、耐えらんない」

驚きの90分ワンショット撮影編集なし。そこから生みだされる臨場感緊迫感は特筆もの。
舞台はロンドンの人気レストラン。クリスマス前の金曜の夜。開店前から既にオーナーシェフのアンディは家庭の問題で疲れ切っており、更に衛生管理検査で評価を落とされる。予約過多で厨房とフロアのスタッフは一触即発で殺気立つ中、以前の店の先輩シェフで出資者でもある男がグルメ評論家を連れて来店する。アンディの限界点はじりじりと近づいており…。

©MMXX Ascendant Films Limited

原題 Boiling Point

意味は沸点。平静さを失う瀬戸際ってところか。

どいつもこいつもしょうもない

撮影方法により臨場感がすさまじいのだけれども、登場人物たちのダメな部分描写もやたらリアル。そこにトラブルが畳みかけてくるので、そのダメさが増幅される。うわあ嫌だなあの連続は地味にきつい。かろうじて共感できるのは副料理長のカーリーのみというね…。
とはいえ途中で勃発する厨房対フロアの戦いはめちゃくちゃ面白い。カーリーがキレて相手をやりこめる姿に拍手喝采したくなる。

【アンディ(スティーヴン・グレアム)】
レストランのオーナーシェフ。妻子とは別居中で、今日も子供との約束が果たせず代わりに電話するがタイミング悪くなかなか話ができない。店で寝泊まりしているようで、酒と薬が手放せない状態に。私生活が荒れていて書類の整備を怠ったため、抜き打ちの衛生管理検査の結果5つ星から3つ星へ下げられることに。

【カーリー】
副料理長。遅刻したり作業の途中で抜けたりするアンディのカバーに奔走する。無知な支配人代行のせいで負担を強いられている。支配人に待遇を改善するようにアンディ経由で掛け合っているが進展がなく新しい職場へ移ることを考えてもいる。

【アリステア(ジェイソン・フレミング)】
アンディの昔いた店の先輩シェフ。アンディをライバル視しており、突然料理評論家を連れてきたりと偵察というか邪魔しに来る。店に大金を出資していて、自分の資金繰りが苦しいため、強引な提案で返済を迫る。

【サラ】
アリステアが同伴した人気グルメ評論家。アリステアが料理に一々難癖をつけるの一方で、公正に評価を下しアンディの料理に好意的。

【パティシェールの中年女性】
厨房で唯一中立で誰とも有効な関係を結べている女性。アンディも腕前に一目置いているよう。新人パティシェの青年を教育中。アンディに注意されても袖をまくらない青年に対し、その腕に自傷行為の跡を見つけると何も言わずにハグする。

登場人物一人ひとりコメントしたいがキリがないので、特にこりゃダメだと思った人トップ3を挙げてみる。
【ベス】
支配人代行(?)なのか、支配人の娘で店でやたら権威を振りかざし、内部の人間に常に横柄な態度をとる。一方でインフルエンサーの客にはへりくだりメニューにない注文を通したりすることで、中盤カーリーの堪忍袋の緒が切れる。その直前にフロア係が「客がラムに火が通ってないと言う」と皿を戻してくる。
「予約過多なのに気づかないバカ。SNSに写真あげることに割く時間あったら少しでもフロアの人間の教育をしろ。あんたのことみんな嫌いよ」的なもっともだという言葉を投げつけられ、トイレでめそめそして父親に電話する。
そのあと、カーリーをはじめとして関係者一人ずつに「あの…あとでちょっとよかったら呑まない…?」と修復を図ろうとベタな手段に出るところとかめちゃめちゃ現実にありそうだな。

【フロア係の白人の子】
女優を目指していてオーディションを受けてきて遅刻するも、同僚(黒人のフロア係の子)がカバーしてくれている。自分の容姿を十分に分かっており、客受けもよい。バーカウンター係の青年といい感じでそのことに夢中で、自分はフォローされているくせに同僚が人種差別主義者のテーブルに当たってしまい落ち込んでいることも気づかない。
無邪気な鈍感さって吐き気がする。

【洗い物係の男】
大幅に遅刻した挙句、謝罪も軽く気持ちがこもっていない。そのうえしょっちゅう裏でサボるサボる。ごみ捨てのついでに売人の女の車に乗り込み、付けで購入しようとする図々しさ。
自分の仕事に誇りを持たないいいかげんな奴。いるだけで迷惑。

台詞で振り返る1シーン

「そもそもあんたの発注ミスが原因だろう?」
 厨房で従業員のミスを責めたてるアンディに、シェフの一人がとうとう指摘。よく言った。水筒の中にお酒いれて依存症状態なのみんな知ってた。
「俺のミスだ」
 ちょっと冷静になって今度はへこみ始めるアンディ。「大丈夫。息吸って、落ち着いて」となだめるカーリー。そこにタイミング最悪でアリステアが乱入。
「俺の厨房から出ていけっ」
 再び熱くなるアンディ、カーリーが間に入ると「あいつが君に(客がナッツアレルギーを引き起こしたのを)全部押し付けて君を切れって言ったんだぞ」とまるで子供のように言いつける。
「ちょっと待ってちょっと待って。ああああ。私は、もう、耐えられない」
当然ですな、のカーリーの反応。もうね、一語一語区切るように言うの。“I CAN’T TAKE IT ANYMORE"って。ブチ切れて、もう辞める!って続く感じのこの台詞が今回の一番かな。ベスの「あの…あとで呑まない…?」とかなり僅差なのだけれど。

気になったいくつか

 新人パティシェが作ったレモンカードをおいしいとおいしいと味見するのだが、そのときのスプーン。アンディが口にしたスプーンをまた鍋に突っ込むんだけどそれそのまま客に出すのか…。加熱殺菌だから平気とか?

 ラストで自暴自棄になったアンディは店の裏側の納戸のような自室に籠り酒と薬をやるのだけれど、妻と電話して泣きながら懺悔。改心したかのように酒と薬を捨てる。そのまま厨房に戻ろうとして、ばったり倒れてブラックアウト。おお。この話、着地点どうするのかと気になりながら観ていたけれど、最後はそう来たかと。斬新
 なんだかあっという間の90分だった。ワンショット撮影だけれど、カメラが登場人物を追って移動するので全く飽きなかった