逆転のトライアングル「愛してる。魚をくれ」

モデルのヤヤは豪華客船の旅に招待され、恋人カールと乗船する。桁外れな金持ち客を乗せ優雅に出港したものの、酒浸りの船長が嵐の夜に強行したキャプテンズ・ディナーのせいで、船酔い客が続出。阿鼻叫喚の場と化した船に海賊が襲来。客船は難破し、生き残りの数名が無人島に漂着する…。
意地悪な目線の作品作りでは群を抜いていると思うリューベン・オストルンド監督作品。2022年カンヌでパルムドールを受賞。

Fredrik Wenzel©plattform produktion

『フレンチアルプスで起きたこと』『ザ・スクエア 思いやりの聖域』で観ているこちらを居たたまれない思いに引きずり込んできたオストルンド監督。今回も心構えをしつつ鑑賞。鑑賞後かなり経つのでネタバレあり。

原題 Triangle of Sadness

Triangle of Sadnessは美容外科用語で眉間のしわを指すのだそう。
冒頭主要登場人物であるモデルの男性カールがオーディションで"Can you relax your triangle of sadness?"と言われたり。ボトックスで直せばいいか、とか審査員は結構カールをぞんざいに扱うのだけれど、その直前に男性モデルたちの取材が行われていて、モデル界での男女格差など赤裸々に話される。

「バレンシアガ!H&M!」

面白かったのがインタビュアーがカール達にやらせるブランドごとのオーディション風景。バレンシアガのときはモデルは不機嫌そうに消費者を見下す表情。一方H&Mのときは満面の笑みでモデル同士肩を組んだりして。得てしてそんな感じよね、ブランドの広告は。

美しさは経済価値を生むのか

モデルカップルの二人には格差がある。女性モデルのヤヤはインフルエンサー。食べないパスタのランチ写真を撮り、豪華客船クルーズもご招待。対する男性モデルカールは仕事がなさげで稼ぎも少ない。なのにレストランの支払いで当然のように支払わねばならない流れに、不満が爆発する。ここ、二人の延々と続く喧嘩を見せられ続け、見苦しくてもうどうでもいいじゃんと思うのだけれど、たぶん”どうでもいいじゃない”では済まされない問題なのであるのだろうなとも感じる。この場合、ヤヤが自分が払うと言って誘っており更にヤヤの方がずっと稼いでいるのでカールの不満もごもっとも。でもどちらが支払うにしろそれは当然のことではなくて、そこには感謝とか敬意があるべきだし、まるで義務のようにどちらかが負担し続けるのは健全な関係ではない。
結局この場面、ヤヤがカードを出すが使えなくて現金も足りず、カールが支払う。でも金銭問題はここで終わらず、ヤヤが有り金を渡さなかったことでカールは延々愚痴を言い続け、エレベーターで盛大な喧嘩をするものの、なんとしばらく経つとホテルの部屋に戻ってくるというね。結局ヤヤに寄生してるのか、この男は。二人は仲直り?するのだけれど、そのときヤヤが「今の仕事では稼ぎ続けることはできないから、私は私の世話ができる金持ちを見つける必要があるの。だからそれまでよ」みたいなことを言う。それでも二人はつきあい続けるのだから、まあどっちもどっちな二人だわな。

厳然とある格差

豪華客船の乗客は桁外れの富裕層。そして彼らは大抵鼻持ちならない。プールに浸かりながら、「あなたにも青空の下休んでほしいのよー」と言って、服のまま接客係をプールに入れる初老の女性。マストはこの船にはないと言われているのに「でもマストが汚れているから掃除してほしい」と訴える女性。人のよさそうな老夫婦の会話から、実は手榴弾や地雷で一財産作っていたことがわかったり。泣き叫ぶ赤子を連れてディナーの席に来る描写は大抵アジア人。いろんな金持ちが出てきます

「ロシアの富豪か、ロシアのいけすかない富豪か」

チップ狙いの接客担当達が業務前、まるでラグビーの選手たちが試合前気合を入れる時のように「チップ!チップ!チップ!」と足を踏み鳴らして盛り上がるのが怖い。ありそうだけど。で、そこで金持ち談議になって出てきた台詞が確かこれ。やっぱりロシアの富豪度合いがダントツ

逆転は起こるのか

難破して無人島に流れ着くと、金持ちは何もできない。もちろんヤヤも。そこでリーダーに成り上がったのは、豪華客船の最下層であった清掃員の高齢女性。彼女は避難ボートで漂着したことで、初めから自分の寝る場所を、更には非常用の水やスナックを確保している。火をおこし魚を取り食料を分配できることで、生存者たちは彼女に従わざるを得ない。しばらくするとカールだけが夜彼女のボートに呼ばれることになる。

「愛してる、魚をくれ」

生存者の中でカールだけが見た目の良い若者。夜な夜なボートの中で行われることを、残りの者は想像する。特にヤヤは手のひらを返したようにやきもちを妬くも、カールは何でもないと言い張る。しかし彼が最初の夜に、ボート部屋に入ったときに言ったのがこの台詞。すがすがしいほどに、しょうもない男。
日が経つにつれカールは自分の役割に馴染んでいく。朝ボートを出て働きに行こうとするリーダーにキスをして「みなに公表しよう」とか言うの。付き合っているのを公にすれば、肩身の狭い思いをせず堂々とできるもんね。カール、適応能力高すぎるな。しかし一方でしわしわになっても女性は見目麗しい男性や若さを欲するものなのだろうか?とも思う。人それぞれなのだろうけれど。私だったら隣で顔を上げたら目が合ってにこっと笑って年を重ねていく相手の方がいいな。高齢の金持ち男性が若い美女を侍らせるという描写はありがちだけど、ひょっとしてあれもステレオタイプなのかな。

あなた、アシスタントとして雇ってあげるわよ

カールをリーダー女性に寝取られたヤヤは、脱出の希望を捨てず、島を探検しようとする。リーダー女性はすべてを監視下に置きたいのでついてくる。そこでヤヤは反対側にリゾートホテルのエレベーターを発見し、無人島ではなかったことが明らかになる。元の世界に戻れると思ったヤヤがリーダー女性に言うのがこれ。勝ち気で強気でいけ好かない女ヤヤの真骨頂である。でも振り返ったヤヤに向かい、石を振り上げるリーダーが…。そのとき森を走っているカールは間に合わないのだけれど、この後、リーダーの見たい世界は守られるのだろうか。

100%完全に素面だ

好きな台詞、おまけ。酔いどれ船長の“100%. Completely, fine"だったか。私も自信ありげにこの台詞言ってみたい。どんな場面でか想定できないけど。物語中盤でこの人めちゃくちゃ酔った末、ロシアの富裕層と社会主義談義をして船内放送でくだらない会話を流しながら、海賊に大砲打ち込まれて海に散るというね。滅茶苦茶な人生。だが楽しそう。

特権に影響されないなんて、ほぼ不可能なんだよ

こちらは作中の台詞ではなく、監督のインタビューを読んだときにメモしてたもの。文脈忘れてしまったけれど、どんな場所でも、そこに複数人存在した時点で力関係が生まれ、それに従うような行動を人は取るようになる、というような解釈をした模様。自分のメモなのにね。

本作も意地悪な目線の作品でした。『フレンチアルプスで起きたこと』を越えないけれど、観ている人間を居心地悪くさせる天才だと思う。そして彼の作品は絶対カップルで見ないことをおすすめする。お互い疑心暗鬼になりそう。