地下室のヘンな穴「見かけが若ければ中が腐っててもいいのか」

アランとマリーの熟年夫婦が内見した一軒家には奇妙な穴があった。地下室にあるその穴から潜ると二階に出るという不思議だけではなく、実は”12時間進むけれど3日若返る”という効果があった。夫は早々に飽きてしまうが若さにとりつかれた妻ははまってしまい、生活はすれ違い始める。行きつく先に待つものは…?というお話。
カンタン・デュピュー監督の突き抜けた面白さのある仏映画。こういうのはハリウッド映画では見かけないな。

©atelier de production-arte france cinema-versus production 2022

原題 Incroyable mais vrai

仏語で『信じられないけれど本当』という意味。英題は"Incredible but True"とそのまま訳してある。
日本版の題名だと、内容に少し踏み込んでいるといった感じ。

では、お気に入りの台詞とともに振り返っていきましょう。

「いい雰囲気のコーヒーのときに」

アラン&マリー夫婦のほかにジェラール&ジャンヌというもう一組のカップルが出てくる。このジェラールが裏の主役ではないかと思えるほど強烈な印象を残す。
簡単な紹介をしておくと
アラン:家への投資を考えて購入。夫婦でのんびり老後を過ごしたい夫。穴には早々に興味を失う。
マリー:若さに執着し、穴に入り続ける毎日。
ジェラール:近所に住むアランの上司。車好き。日本で電子ペニスの手術をし、自慢したくて仕方ない。
ジャンヌ:下着店を営む。ジェラールの年若い恋人。

アランとマリーが新居お披露目の食事会に呼んだとき、ジェラールは自分の話をしたくてそわそわしてる。けれどそういう話は「いい雰囲気のコーヒーの後に」するものだ、ともったいぶってなかなか話を始めようとしない。まずコーヒーいれてとか、今はまだいい雰囲気じゃないとか、やたらうるさいの。くどい!ってなる。こんなパートナー、ジャンヌよく耐えられるな。聞き手の反応がいまいちだと「リモートで動かせるんだぜ」って畳みかける。それってどうなの。更にこの話、翌日仕事中までひきずって「マリーはあんまり感動してなかったよな?」とわざわざ確認してくる。もう上司にしろ友人にしろ面倒くさいなっ。
物語は若返りにとりつかれたマリーと、電子ペニスに翻弄されるジェラールの二つの話で牽引されていく。

「見かけが若ければ中が腐っててもいいのか?」

マリーは穴の脇に鏡を設置する。数回通り抜けた後、自分では若返りを実感したものの、夫の反応は薄い。でも懲りずに潜り続ける。一度潜ると12時間は会えないのだから、夫婦はすっかりすれ違いの生活になってしまう。とりつかれたような妻に夫は言う。「若返って何がやりたいんだ?」するとマリーは「モデルになりたいの」ズコーッとなる。あーそうなの。
ある日穴を通り抜けたリンゴを拾ってアランが齧ろうとすると。ギャーッ!中は腐っていてたくさんの蟻が這い出てくる。そこでこの台詞。
「見かけが若ければ、中が腐っててもいいのか?」
マリーの見かけは確かに執念の穴くぐりで若返って見えるけれど、中身はそれ相応の犠牲を払っているのですよね。3日若返るために12時間の代償。大きいのか小さいのか。

それぞれの顛末

一方ジェラールは電子ペニスが故障し、手術をした日本でないと修理できないということで、仕事やジャンヌへの対応あれやこれやをアランに押し付けて日本へ行ってしまう。
ここで出てくる日本の医者が超絶うさんくさい。病院の人、全員日本語が怪しいし。なんちゃって日本が炸裂してる。ジェラールは言葉が通じないながらも、日本人の医者は手ぶりでグッド!とかやって、なんだかんだで修理は終了する。
そのあと、それぞれの顛末がモンタージュで猛スピードで提示されていく。斬新。
前後忘れてしまったけれど、ジェラールは車を取り換えるように恋人をとっかえひっかえしていく。
ある日車を走らせていると、修理した箇所が発火。車は横転し、死亡。
マリーは執念で穴をくぐり続け、相当若返り念願のモデルになる。しかし思ったような活躍はできず精神を病む。アランは悩んだ末、精神病院にマリーをいれる。

「信じられる?ほら、見てよ。これ」

ラスト、精神病院でベッドに座っているマリーがコップを割った破片で自分の手を傷つけてみる。するとそこから這い出てくる無数の蟻…。あのときのリンゴと同じ状態になっているわけです。思わず口をつくのがこの台詞。
「信じられる?ほら、見てよ。これ」
一方、そのころアランは一人、森の中の池で犬を連れて釣りをしている。本当だったら今頃、犬とではなく夫婦で過ごしていたかもしれない静かな時間。そしてマリーの台詞に答えるかのようにアランは言う。
「わかってるよ」


面白かったー。
若さにとりつかれると、ろくなことにならない。
今を犠牲にして、手に入れられる成果はほんのちょっと。それでもマリーに残るのは達成感か後悔か。
若さって、何のためなんだろうね。