シング・ストリート 未来へのうた「フィル・コリンズ聴いてる奴がもてる訳がない」

1985年ダブリン。不況により父が失業し、コナーは柄の悪い公立校へ転校させられる。喧嘩ばかりの両親、いじめに横暴な教師。憂鬱な毎日の中で、音楽に詳しい兄とロンドンの音楽番組を見ることだけが楽しみ。あるとき正門前に居たラフィーナに一目ぼれした勢いで、自分のバンドのビデオに出てくれないかと誘ってしまう。そのためにバンドを結成することに…。

©2015 cosmo films limited.

アイルランド映画祭2023にて鑑賞。公開時は予定が合わなかったので嬉しかった。
主人公より兄ブレンダンが光る。あとコナーと曲作りする友人もよかった。

原題 Sing Street

Sing Streetはコナーたちが結成したバンド名。転校先の高校名Synge Streetと掛けている。

兄の気持ちが気になって仕方ない

14歳の少年がモデル志望の年上の女の子の気を引きたくてバンド活動をし、夢に向かって広い世界へ一歩踏み出す、というお話。なのだけれど、この時代の音楽にさして思い入れがない(音楽はとてもいいのです)ので、主人公に入れ込むというよりは、主人公の兄ブレンダンに目が行った。

ブレンダンは大学を中退し(たぶん家の経済事情でコナーの学費目的の転校より先に皺寄せを食った)家で引きこもり状態。膨大なレコードコレクションを持っており音楽に詳しい。お気に入りの音楽番組(ロンドンの最新ミュージックビデオを流す)を見ながら、解説してくれたり。他に姉がいるのだけれど存在感はなく、コナーは兄を慕っている。

「他人の曲で口説くな」

コナーが自分たちの演奏テープを渡したとき、こう助言してくれる。そして続ける。

「上手にやろうと思うな。それがロックだ。必死で練習しろ。カバーはよせ。どこでもカバーバンドが出るが奴らおやじは真剣に音楽をやったことなんかない。曲を書く根性もない。ロックは覚悟を持て。冷笑されると」

ここはすごく好き。自分のやっていることに置き換えて兄ちゃんの言葉を拝聴する。力が湧いてくる。まだ青いな自分、と思うんだけど。20年くらい経っても同じように感じると思うし、そういう自分で在りたい。

そんな兄ブレンダンも、見せないが葛藤を抱えている。両親の離婚(法的別居)が決まり、母は不倫相手と同居、父は独りでは維持できないので家を売るから両方を行き来してねと言われ我慢も限界に。

「あのギター、前の俺はうまく弾けた」

葉っぱを止めてイライラしている兄に理由を問うと「人生やり直すため」と答えが。それに「今さら?」と反応したコナーに兄ちゃんキレる。

「お前は末っ子だ。いかれた家族って密林を俺が切り開いた後を歩いた。俺の気流に乗って。なのに俺は笑い者の落ちこぼれで、お前は褒められる。だが俺がかつてはジェット気流だった」

ブチ切れてコレクションのレコードを叩き壊しまくる兄に、コナーは「すぐ戻る、トイレだ」と部屋を出る。ここにきてようやくコナーは甘え過ぎていた自分を知る。

コナーは以前よりも少し変わった。曲作りに励み、夢破れたラフィーナ(少し前に年上の恋人とロンドンに行ったが何もできず帰ってきた)にテープを送り、学校でのライブを成功させる。
そしてラフィーナと二人、夜中兄の部屋をノックする。
「じいちゃんの舟で英国に渡る、二人で」
飛行機代もない中、亡き祖父の所有していた小舟で海峡を渡る決意を伝える。「いつ?」「今すぐ」だから港まで送ってほしい、と。
ブレンダンに「コネは?」「金は?」と聞かれ「ない。けどデモテープとビデオがある」

「出発だ」

兄は反対せず、笑いながら港まで送り出してくれる。

「渡しとく。歌詞を書いたんだ」

そして別れ際、紙を渡す。「いつか代わりにお前が曲をつけてくれ」って。泣ける。
そしてラフィーナに「弟を頼む。俺なしじゃ心配だ」と。ハグしてコナーは出発する。

ラストに流れる曲がこちら。これがブレンダンとコナーの曲になるのかな。
どうなるかなんて先のことは誰もわからない。今はただここを出発したことを寿ぎたい、そう思えるラスト。

SINGSTREETVEVO Go Now (From “Sing Street" Original Motion Picture Soundtrack)

雨と荒波でびしゃびしゃになりながら小舟は進む。仏から英国目指した難民の映画がちらり思い浮かぶ。それくらい生死がかかっている感じ。
途中大きな客船とぶつかりそうになり、避けてから手を振る。ちょっと脱線するけど、人は船に乗ると手を振りたくなるものなのだなと思う。橋を渡っているとよくクルーズをしている人(子供だけではなく大人も)から手を振られるのだけれど、あれは振り返さねばという気になるよね。はしゃいでるその楽しい気持ちのまま家路に着いてほしいなって。